2017年8月27日日曜日

映画「セザンヌと過ごした時間」東京新聞×青い日記帳試写会

8月24日(木)飯田橋の神楽座で開催された「映画『セザンヌと過ごした時間』東京新聞×青い日記帳試写会」に参加してきました。

映画パンフレット

全体に煤がかかったように暗く、絵の具を何回も厚塗りして、カチッとした構図。セザンヌの絵は以前から好きで、今回の映画はとても楽しみにしていました。

写真は、部屋に飾っているセザンヌの「レスタックから望むマルセイユ湾」です。以前、オルセー美術館に行ったときにミュージアムショップで購入した絵はがきです。


映画の原題は「セザンヌと私」。
ストーリーは、画家・セザンヌと小説家・ゾラ、二人の芸術家の少年時代から晩年までの友情を中心に進みます。
それにしても驚いたのはセザンヌのあまりにもハチャメチャな性格。
頑固で、怒りっぽくて、場所をわきまえない下品さ。
気の合った仲間どうしのパーティーはぶち壊しにするし、
気に入らなくて叩き壊した絵は何枚も(←もったいない!)。
そんなセザンヌに振り回される同時代の画家や小説家、そして女性たち。
でも最後にはさびしげなセザンヌの背中に思わず涙ぐんでしまうシーンが出てきて、感動のエンドロールで「Fin(終)」。

「私は印象派ではない。」と言い切るセザンヌのセリフが特に印象に残りました。
その言葉に、長い不遇の時代にあっても、当時脚光を浴び始めていた印象派に流されることなく、自分の芸術を追及する芸術家としての真骨頂があるように思えました。
頑固で変わり者だったからこそ、自分の信じた道を進み、独自の境地を切り開いて、さらには20世紀の絵画に大きな影響を与えることができたのではないでしょうか。

もっとお話ししたいことはあるのですが、ネタバレになってしまいますので、映画の感想はこれくらいにして、セザンヌが生きていた当時のフランスの時代背景について振り返ってみたいと思います。

セザンヌ(1839-1906)が活躍したのは19世紀後半から20世紀のはじめ。
日本でいえば、幕末期のペリー来航と開国、そして明治維新、日清戦争、日露戦争と続く激動の時代。
芸術の面では、セザンヌが生まれる少し前に葛飾北斎「富嶽三十六景」や歌川広重「東海道五十三次」が出て浮世絵の江戸時代最後の華が咲き、それがフランスに渡って「ジャポニズム」が流行したり、明治維新後は、フランス留学から帰国した黒田清輝が中心となって白馬会を結成して日本洋画の大きな流れをつくるなどフランスとのかかわりも深くありました。
その一方で、日本美術の復興をめざした岡倉天心が日本美術院を創設したり、大きな動きのある時代でした。

フランスも同じく、政治的にも芸術の面でも激動の時期でした。
1848年の二月革命でオルレアン朝が倒されて第二共和政が始まったと思ったら、1852年にはナポレオンの甥、ルイ=ナポレオン大統領がクーデターで即位して皇帝ナポレオン三世になって、それも束の間、1870年にはプロイセンに敗れて(普仏戦争)追放されて、その後の第三共和政の政府は列強の植民地拡張競争にひた走っていきます。

1894年にはユダヤ系のドレフュス大尉がドイツのスパイとして終身刑に処せられるという「ドレフュス事件」が発生しました。
1896年には真犯人が明らかになり、再審要求の運動がおこりましたが、これはフランス国内を再審支持派と再審反対派に二分する大きな対立になりました。
この対立は1898年にゾラが新聞に「私は弾劾する」を発表したことが契機となって再審支持派が勝利をおさめ、翌年、ドレフュスは釈放されました。

芸術面では、のちに印象派と呼ばれる画家たちが、アカデミーの主宰するサロンに出品しても落選ばかりしていたので、自分たちで「印象派展」を開催したら酷評の嵐だったのは有名な話(「印象派展」は1874年から1886年まで8回開催されました)。
その後、ようやく印象派の画家たちも評価され始め、セザンヌも1890年代からようやく評価が高まり、1895年に画商ヴォラールが企画した個展は好評を博しました。

こういった当時の時代背景を知っていると映画「セザンヌと過ごした時間」もより楽しめると思うのですが、事前の予習にピッタリの書籍があります。

『イラストで読む 印象派の画家たち』
(杉全美帆子著 河出書房新社 2013年)


映画のあとには東京新聞に毎月第二火曜日「おとなのための美探訪」を連載している作家でイラストレーターの杉全美帆子(すぎまたみほこ)さん(上記『イラストで読む 印象派の画家たち』の著者です!)と、日本一読まれているアートブログ「青い日記帳」を主宰するTakさんのトークがありました。

杉全さん 初めてこの映画を見たとき、サント・ヴィクトワール山を背景に流れるエンド
    ロールを見ていて涙が止まりませんでした。
Takさん あのエンドロールはずるいですよね(笑)。ダニエル・トンプソン監督は泣かせ
    どころを心得てますね。
     セザンヌは数えきれないほどサント・ヴィクトワール山を描いていますが、ポ
    スターに使われている絵は、フィラデルフィア美術館の所蔵のもので、監督が世
    界各地の美術館を回って、一番気に入ったものに決めたそうです。
     エンドロール以外に印象に残ったシーンは?
杉全さん マネやモリゾ、ルノアールといった印象派の画家たちが出てくるシーンです
    ね。
Takさん どの俳優が誰の役だかわかりにくいので、名札がほしいところですね(笑)。
杉全さん それに画商のヴォラールが、セザンヌの絵を個展のためにぐるぐる巻きにして
    何枚も持ち運ぶところ。今だったら何億円だろうと思ってしまいました(笑)。
Takさん 6月にトンプソン監督が来日したときにインタビューしたのですが、映画の中に
    絵画のワンシーンを盛り込んでいるとのことでしたので、宝さがしも楽しみの一
    つですね。
     みなさんのお手元に、来年、国立新美術館で開催される「至上の印象派展 ビ
    ュールレ・コレクション」のパンフレットがあるかと思いますが、これはスイス
    のコレクターの展覧会で、セザンヌの名作も来日するのですが、やはりパンフレ
    ットはモネ(写真上)とルノワール(写真下)です。




杉全さん モネやルノワールは第一印象が「きれい」です。印刷物になっても作品の良さ
    が伝わってきますが、セザンヌは近づいて見たり、離れて見たり、実物を見ない
    とその質感が伝わりにくいのです。
Takさん セザンヌの作品で印象に残る作品は?
杉全さん オルセー美術館蔵の「首吊りの家」です。初めてオルセー美術館に行ったと
    き、この絵を見て大きなショックを受けました。このマチエル(絵の質感)はどう
    やって作っているのだろうか、なぜ首吊りなのか、など考えながらずっと見てい
    ました。何がすごかったか説明するのは難しいのですが。
Takさん セザンヌの絵は、考えなくてはならない難しさがありますね。
杉全さん ピカソはセザンヌのことを「我々の父」と言っています。セザンヌから現代美
    術は始まったと言えます。当時の仲間たちがいろいろな方向に進む中、セザンヌ
    は頑固で、絵が変わりませんでした。
Takさん 一本筋を通すというセザンヌの人生に憧れますね。
杉全さん 周囲は大変でしょうが(笑)。
     最後にセザンヌの名誉のために言いますと、この映画では野獣のように描かれ
    ていますが、心がとてもジェントルマンだったという証言もあります。(拍手)

杉全さん、Takさん、とても興味深いお話ありがとうございました。

セザンヌファンの方も、そうでない方もぜひぜひご覧になってください。
セザンヌの生きざまを見ると、次にセザンヌの作品を見た時に印象が変わるかもしれません。

9月2日(土)からロードショーです。
詳しくはこちらをご覧ください。

映画『セザンヌと過ごした時間』公式サイト