2012年8月26日日曜日

ギュンター・グラスの見たドイツ統一(2)

まず、最初の段落。


君は混沌の世界に近づいている。なぜなら、市場には公平さがないからだ。
君は、君に「ヨーロッパ発祥の地」という名を与えた国から遠ざかってしまった。


グラスはギリシャに呼びかけている。
「そもそも君は、ユーロという一つの土俵の中でドイツやオランダのような経済力の強い国と対等にわたりあうことは無理だったのだ。
古代ギリシャには、きびやかな文明が花開いていた。その文明は、のちにヨーロッパ文明の基礎となったので、ギリシャは『ヨーロッパ文明発祥の地』と呼ばれるようになった。でも今ではかつての面影はない」

EU加盟国の中で単位通貨ユーロが導入されたのは1999年1月1日。
この時ユーロに参加したのはドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド、オーストリア、フィンランド、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの11か国。
ギリシャは政府財政赤字などの条件をクリアするのが遅れたため、2001年1月になってユーロ圏に参加した。
しかし最近になって、EUへの財政報告を粉飾して赤字を少なくしていたことが発覚した。なんと国ぐるみでうそをついていたのだ。

「なんでそんなことまでしてユーロを導入する必要があったんだ!」
グラスはこう叫ばずにはいられなかった。

しかしギリシャにとってユーロは魔法の通貨だった。
ギリシャの通貨ドラクマと違って、信用のあるユーロなら銀行が低利で資金を調達できる。だから国民は低利でお金を借りて、高級ドイツ車を買ったりしてぜいたくな生活ができる。
夢を見ていた人たちにグラスの叫びは届かない。

そして次の段落

君が心からさがし求めていたことは、君にとって大切なことだった。
でも今は価値のないものとみなされ、見捨てられている。

ギリシャ人たちにとって大切なことは生活を楽しむこと。
でも他の国の人たちの目には、それが「なまけ者」「享楽的」と映る。

おもしろい統計がある。
アメリカのある調査機関が、今年の3月から4月にかけてギリシャ、フランス、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリア、ポーランド、チェコのEU加盟8か国の人たちにアンケートを行ったところ、「一番まじめに働かない国は?」という質問に、8か国中、5か国の人たちが「ギリシャ」と答えている(※)。

しかし、ギリシャ人自身はそうは思っていない。
「一番まじめに働く国は?」との質問に、他の7か国の人たちが「ドイツ」と答えているのに対して、ギリシャだけは堂々と「ギリシャ」と答えている。

この神経のず太さは何なのか?
労働や生活に対する意識がほかの国の人たちと違うのだろう。

こういったギリシャ人に対して、まわりの国は「節約しろ、節約しろ」と自分たちの価値観を押し付けているのが今の状況だが、これについては次の段落以降に。
(次回に続く)

(※)ちなみに「一番まじめに働かない国は?」との質問に対して、「ギリシャ」と答えたのはイギリス、ドイツ、スペイン、ポーランド、チェコ。
ギリシャは、フランスとともに「イタリア」と答えている。
そして、ギリシャ人になまけ者と思われているイタリア人は「ルーマニア人」と答えている。
やはり、誰も自分たちが一番なまけているとは思わない、あるいは思いたくないのであろう。

2012年8月13日月曜日

ギュンター・グラスの見たドイツ統一(1)

性急なドイツ統一に反対し続けたギュンター・グラス。
その理由の一つとして、ヨーロッパの中でドイツが突出して強くなり、周囲から嫌われることをあげていた。
ユーロ圏の中で圧倒的な政治力と経済力でギリシャに緊縮財政を迫るドイツ。
それを押しつけとばかりにドイツに反感をもつギリシャ。
こういった状況を見てグラスは「ああ、やっぱり危惧したとおりだ」と思っているであろう。

今年の5月、グラスは南ドイツ新聞に「ヨーロッパの恥(Europas Schande)」という詩を発表した。
タイトルからしてグラスが今、統一ドイツについてどう考えているのかよく分かるが、先走りしないで、まずは詩を訳してみよう。

ヨーロッパの恥

君は混沌の世界に近づいている。なぜなら、市場には公平さがないからだ。
君は、君に「ヨーロッパ発祥の地」という名を与えた国から遠ざかってしまった。


君が心からさがし求めたことは、君にとって大切なことだった。
でも今では価値のないものとみなされ、見捨てられている。


債務者として服も着ないでさらし者にされ、国は苦しんでいる。
君のおかげだ、というのはお世辞だったのだ。

貧しい国と宣告された国の冨が保護されて、博物館を飾っている。
それは君によって大切にされてきた略奪品だ。


武器を携えた軍勢が、多くの島々に恵まれた国を襲った。
将兵のために背嚢にはヘルダーリンを携えて。

これほど我慢させられた国はなかっただろう。
その国の陸軍大佐たちはかつては同盟国として君によってじっと耐え忍ばれていたのだ。



権限を持たない国を、いつも自分が正しいと思う人が意のままにし、
ベルトをギュッときつく締めつける。


君に反抗してアンティゴネーは喪服をまとい、人々は国じゅうで喪に服している。
君は彼らのお客さんだったのに。


それでも国の外では大富豪の親族の取り巻き連中が、
黄金色に輝いたものすべてを君の金庫に貯めこんでいる。


さあ飲め、さあ!周りで騒いでいる委員たちはこう叫ぶ。
しかしソクラテスはいっぱいになった杯(さかずき)を怒って君に返す。


君にとって何がおかしいのか、神々は声をそろえてののしるだろう。
オリンポスの山は君の意思のごとく財産の没収を欲している。


この国なしには君は愚かにもやせ衰えてしまうだろう。
その国の精神は君を、そしてヨーロッパを創造したのだから。


できるだけ原文に忠実に、かつ、分かりやすく訳したつもりだが、そこはドイツ人にとっても難解な文章を書くギュンター・グラス。説明なしには分かりづらい箇所も多々あるので、次回以降、ひとつの段落ごとに解説を加え、さらには私なりの解釈をしてみるつもりだ。
(次回に続く)