2012年9月30日日曜日

ギュンター・グラスの見たドイツ統一(4)

9月5日から9月11日までドイツに行ってきました。
写真や資料の整理は一段落しましたが、旅行記の方は、泡盛やワインのように少し置いた方が美味しいものができるかもしれないということで、今は頭の中で構想を練っている状況です。
そこでドイツ紀行の方は少しお待ちいただいて、しばらくはグラスの詩の続きを。

さて、今回は第5段落。

武器を携えた軍勢が、多くの島々に恵まれた国を襲った。
将兵のために背嚢にはヘルダーリンを携えて。

1941年4月6日、ドイツ軍は、同年2月28日に三国同盟に加入したブルガリアからギリシャに侵攻し、5月にはギリシャ全土を制圧した。
ギリシャから多くのことを学んだのに、そのギリシャを軍靴で踏みにじった、グラスはドイツをこう非難している。
しかし、ギリシャへの侵攻はヒトラーが望んでいたものではなく、ギリシャ攻撃に失敗したムッソリーニがヒトラーに泣き付いて援軍を要請したものだった。
おかげで5月15日に開始するはずだったバルバロッサ作戦(対ソ連侵攻作戦)が6月22日に延期され、その年の10月には、例年より早く訪れた「冬将軍」にドイツ軍は悩まされ、当初予定していた電撃作戦が失敗に終わるという代償を払わされたのだ。

去年8月23日のブログでも少しふれたが、何しろイタリア軍は弱かった。
1939年3月にドイツがチェコを併合したのに便乗して、翌4月にアルバニアを占領したところまでは順調だった。
しかしその後がよくなかった。
新英政策をとっていたギリシャを足掛かりにイギリス軍が攻めてくるのを危惧したムッソリーニは、1940年10月、軍勢をアルバニアからギリシャ領内に進めたが、国境の山岳地帯に行く手を阻まれ、さらにはギリシャ軍の予想を超える激しい抵抗にあい、ギリシャ領内から撃退させられてしまった。その上、アルバニア領内に侵攻してきたギリシャ軍によって、アルバニアの南半分まで失うという大失態まで演じてしまったのだ。
そこで慌てたムッソリーニは、ヒトラーに助けを求めたという次第だ。

ここで前々回のブログで紹介したアメリカの調査機関のアンケート結果を思い出した。
「一番まじめに働かない国は?」という質問に、ギリシャ人は「イタリア」と回答している。
ギリシャ人たちは、「強国ドイツに負けたのは仕方ないが、イタリアには負けていない」という気概があるのかもしれない。

さて、次に2行目。ここでヘルダーリンが出てくるが、これについては次回に。
(次回に続く)











2012年9月3日月曜日

ギュンター・グラスの見たドイツ統一(3)

今回は第3段落と第4段落。

まず、第3段落。

債務者として服も着ないでさらし者にされ、国は苦しんでいる。
君のおかげだ、というのはお世辞だったのだ。

民主主義も、科学も、哲学も、演劇も、ギリシャで生まれたものが、その後のヨーロッパ社会の形成に大きな影響を及ぼしたことは誰もが知っている。
ヨーロッパの人たちにとってギリシャは理想の楽園であり、憧れの的であった。

しかし、今ではどうだろうか。
ギリシャはまわりの国から「借金(負債)が多すぎる」と後ろ指をさされるところまで落ちぶれてしまった。

ここでグラスは、Schudner(債務者)と dem Dank zu schulden(~のおかげ)という具合に、schuldenを二つの意味に掛けている。
もともとschuldenとは、借りがある、とか、おかげである、といった、相手方に何かを負っていることを意味するので、この掛けことばを生かして訳してみるとこういう感じになる。


君の国は、「借金を負っている人」と服も着ないでさらし者にされて苦しんでいる。
今のヨーロッパがあるのはギリシャに負っている、というのはお世辞だったのだ。

解説をしたあとではこちらの方がわかりやすいかもしれない。

次に第4段落。


貧しい国と宣告された国の富が保護されて、博物館を飾っている。
それは君によって大切にされてきた略奪品だ。

グラスは、ドイツをはじめとしたほかの国を鋭く批判している。
ギリシャのことを貧しい国と決めつけているのに、ギリシャの遺跡を自分たちの国にもってきて、博物館に展示している。
私が昨年行った、ベルリンのペルガモン博物館がそのいい例だ。
(今年1月22日のブログをご参照ください)
まず、名称からして古代ギリシャの都市の名前そのもので(現在はトルコ領)、大神殿を建物の中に復元したりして、この古代都市国家を理想化している。
展示されているものも、学術研究、遺跡の保護の名のもとに現地から運んできたものだが、持って行かれた側にしては、いい迷惑だ。

(次回に続く)

(追記)
  9月5日から11日までドイツに行ってきます。今回は、ワイマール、エアフルト、フランクフルトと回ってくる予定です。帰ってきたらこのブログで旅行記を連載しますので、こちらの方もご期待ください。