2013年9月23日月曜日

バイエルン美術紀行(1)オクトーバーフェスト

9月4日(水)ミュンヘン
ミュンヘン空港到着まであと1時間ちょっとというとろであわただしく機内食が出てきた。
事前に配られたメニュー表を見ると、「夕食 オクトーバーフェスト名物料理」とある。
主菜は、「鮭の味噌焼き、御飯」または「焼きソーセージ、ザワークラウト、ポテトマッシュ、オニオンソース」と書いてあったので、私は迷わずソーセージの方を選んだ。ドイツ到着前の一足早いオクトーバーフェストが楽しめる、こう考えたからだ。
飲み物はもちろんドイツビール。
普段はトイレが近くなるので機内でアルコールは飲まないことにしているが、もうすぐ着陸だし、今回は特別。


ご覧のとおりソーセージ、ジャガイモ、そしてキャベツの酢漬け、と至ってシンプルな料理。
これぞまさにドイツ!
ソーセージを食べながらコクのあるドイツビールを料理とともに味わい、食後デザートのアップフェルシュトルーデルのバニラソース和え(ビールの缶の左隣り)とコーヒー。

今回の旅行は「美術紀行」のはずだが、まずは胃袋からドイツに入り込んでいった。

ミュンヘン空港に降り立ち、入国検査を済ませた後、「Sバーン」の表示をさがしながら空港駅の方に向かった。途中、乗車券の券売機があったので切符を買おうとしたが、これがまた複雑で、どう買ったらいいかよくわからない。
私の前に並んでいた人のやり方を見ていたが、一日乗車券を買ったため参考にならなかったので、私の順番になっても買い方がわからず画面を見回していたら、後ろの女性が手伝ってくれた。
でも結局わからなくなってしまったら、隣の券売機で切符を買っていた男性が「ゾーン4つ分買えばいいんだよ」と言って、ささっと画面を操作して切符購入の画面を出してくれた。
ミュンヘン中央駅まで10ユーロ40セント。『地球の歩き方ドイツ’12-’13』には10ユーロと書いてあったので、最近料金が値上がりしたのだろうか。

地元の人たちの好意のおかげでどうにか切符を買うことができたが、今度はホームに設置してある刻印機の使い方がわからない。
切符を買ったら刻印機に入れると、チンと音がして時刻が刻印されるはずだが、切符が刻印機の穴の幅より大きくて中に入らない。
他の人のしぐさを見ると、回数券みたいに何枚もつながっているものを入れている。
私の購入した切符には今日の22時05分まで有効、とかミュンヘン空港から4ゾーンとか記載されているので、あらためて刻印の必要はないのかな、と勝手に判断してSバーンに乗り込んだ。



出発間際になって東洋系の小柄な若い女性がザックやキャリーケースなどいくつもの荷物を持って乗ってきて、ボックス席の私の前に座った。
彼女も切符を手に持っていたが、私の方を見ると英語で話しかけてきた。
「この切符は時刻のスタンプを押さなくていいんですか」
私は「私もよくわからないが、たぶん必要ないと思います」と答えた。

それから会話が始まった。
私が「今日はミュンヘンに泊まるんですか」と聞いたら、「いえ、ミュンヘンから夜行列車でパリに行くんです」と言う。
話を聞いてみると、出身は西安の近くで、現在は北京で都市農業を学んでいて、これから2年間パリで留学生活を送る、とのこと。北京からだとこの方法が一番安いそうだ。
私が「パリには寝台車で行くんですか」と聞くと、やはり節約のため普通の座席の列車でいくと言う。きっと若いからできることなのだろう。普通の座席に座りっぱなしだったら、おじさんは次の日疲れて何もやる気が出なくなってしまう。

話をしているうちに、彼女がおそるおそる私に聞いてきた。
「ところで、どちらから来られたんですか」
私もおそるおそる「日本から」と答えた。
おそるおそるというのには理由があった。
最近では近年になく近隣の国との関係が悪化しているので、私自身は隣国の人に悪い感情をもっていないのに、中国や韓国の人は日本人のことを良く思っていないのではと思っていたからである。

海外に出れば必ずと言っていいほど東洋系の人に会う。今まではあまり気にせずに話をしていたが、誰もが「国は国、人は人さ」と思ってくれるか不安だ。考えすぎかもしれないが、余計なことを考えないで済むように、お隣りの国とのぎすぎすした関係は早くやめてもらいたいものだと思う。

それでも「日本から」と言った後も特に気にする風もなく会話は進んだ。
私が15年以上前に中国旅行をして、ウイグルのウルムチ、カシュガル、トルファンに行き、9月だったので昼はすごく暑かったとか、行き帰りに北京に寄って万里の長城にも行ったという話をすると、彼女も学会でウルムチに行き、やはり夏だったのでとても暑かった、とか、ローカルな話題で盛り上がったりした。

会話が途絶えたところで、私はやはりおそるおそる、
「最近、日本と中国の関係が良くないので、『日本人は嫌いだ』と言われるかと思った」
言ってみた。
すると彼女は笑って、「個人的にはそんなことはないですよ。私の大学の友人でも日本に留学して帰ってきた人もいるけど、日本のことは悪く言ってはいないです」
「それを聞いて安心しました」と私。

「では、今、中国に観光で行っても大丈夫ですか」
「もちろんですよ」
「行きたいところはいろいろあるのですが、特に青島に行きたいですね。以前、青島では酒屋でビールを買うと、ビニール袋に入れて持って帰るといった記事があったので、みんな家に帰ってからどうやって飲むのか見てみたいんです」
「どうやって飲むんですかね(笑)」

「それから北京の中心にある、かつては王宮で今は博物館になっているところにも行きたいですね」
故宮博物館のことだが、発音がわからなかったので、メモ帳に「故宮」と書いたらうなずいて、
「でも一日では回れないですよ」

今度は彼女の方から、
「西安だと、〇〇が有名です」
私は〇〇の部分は聞き取れなかったが、
「ああ、兵士の人形とかがあるところですよね」
「そうです」
「そこも行ってみたいと思っているんです」
(もちろん兵馬俑のことです)

そうこうしているうちにSバーンはミュンヘン中央駅の地下に到着した。所要時間は約40分。

私は彼女のキャリーケースを持って列車を降り、それをホームに置き、「では気を付けて」といって出口の方に向かった。

(青島のことは以前のブログに書いたのですが、第一次大戦が終わるまではドイツが占領していて、ドイツ時代の面影も残っているので、いつかは青島に行って「青島ビール紀行」としてこのブログでも紹介したいと考えています)
 ↓

http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2011/07/150_24.html

(次回に続く)


2013年9月16日月曜日

ドイツ・ゲーテ紀行(18)

9日にミュンヘンから帰ってきました。
今回はかなり欲張って朝から晩まで歩き回ったせいか、かなり体に負担がかかったようで、1週間たってもまだ疲れがとれなくて困っていたのですが、ようやくブログを更新する元気が出てきました。
前回のブログではあと2回ぐらい、とお伝えしましたが、あと1回で終わりそうなので、今回が「ドイツ・ゲーテ紀行」の完結編です。
「バイエルン美術紀行」の方は写真の整理をしてから連載を始めさせていただきますので、しばしお待ちください。


平成24年9月9日(日)続き
ホテルの部屋でゆったりとお昼を食べた後は、新装なったシュテーデル美術館に向かった。お目当てはフェルメールの「地理学者」。




実はこの作品、平成23年の春に渋谷のBunkamuraで開催されていた「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で来日したときには、フェルメールの作品はこの一点だけだったので見に行かなかったが、あとになってどうしても見たくなったという「気になる作品」だった。
(このときのいきさつは以前のブログに書いたのでご参照ください)
 ↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2012/04/19.html

そこで館内に入って真っ先に向かったのが「地理学者」のある部屋。
部屋に入ると、中には私のほかに誰もいない。
一人だけでフェルメールの作品と向き合う何とも贅沢な時間。

この年に来日したフェルメールの作品が6点、そしてすべてのデジタル複製をフェルメールセンターで見ることができたというおそらく最初で最後の「フェルメール・イヤー」(詳しくは上記のブログをご参照ください)。
ここフランクフルトの地でようやく「地理学者」に会い、「フェルメール・イヤー」の最後を飾ることができて大きな満足感にひたることができた。

シュテーデル美術館では、イタリア旅行中のゲーテのくつろいだ姿を描いたティッシュバインのl「カンパーニャのゲーテ」も見逃せない(ゲーテ・ハウスに併設された博物館にあるものはレプリカ)。

そこで、シュテーデルでのおみやげはこれ。


上はティッシュバインの「カンパーニャのゲーテ」。下はアンディ・ウォーホールがさまざまな色調で描いたゲーテの肖像画のうちの一つ。この色調が一番気に入った。


シュテーデル美術館を出たのが5時半くらいだったが、この日も暑くて乾燥していたし、だいぶ歩いたのでもうビールが飲みたくなった。
ということで、フランクフルト最後の夜は、ビアレストランが集まるザクセンハウゼン。
どの店にしようかなと通りをぷらぷら歩いていたが、


やはりイタリア料理が食べたくなったので、入ったのは「ベラ・ナポリ」というイタリア料理店。



私が座ったのは右手前のテーブル。
まずはドイツ旅行最後の夜に乾杯。

注文した料理はチーズたっぷりのペンネ。
チーズの塩味がビールとよく合うので、ビールも進む。

この店を切り盛りしているのは30歳代くらいのイタリア人の若いお兄さん。
道行く知り合いにイタリア語で声をかけたり、向かいの家のイタリア人の若い男性がピザの出前を注文しにきたりと、この店はけっこう地元のイタリア人社会に根付いているようだ。

食事も終わり、「お勘定お願いします(Zahlen,bitte)」とドイツ語でお兄さんに声をかけたところ、後ろに座っていたおじさん(3つ上の写真に写っている人)が、人差し指を左右に振りながら「違う、そういうときは"il conto per favore"と言うんだ」と訂正してくれた。
何だかイタリアに来ているような気がしてきた。

帰り際、「友人にも宣伝する」と言ってテーブルの上に置いてあった店の名刺を何枚か持っていこうとすると、「待て」と言ってお兄さんは店の奥に引っ込んでいった。
何かと思ったら、店の名刺をごそっと持ってきて、「みんなに宣伝しろ」と言う。
親しい友人たちには飲み会などで名刺を配ったが、ブログで宣伝するのが1年後になってしまった。お兄さん遅くなってごめんなさい。そのかわりここでしっかり宣伝しますね。

お店の人の感じも良くて、ビールも料理もおいしくて、値段も手ごろだし(料理とビール2杯で約16ユーロ)、ザクセンハウゼンに来たら「ベラ・ナポリ」。
自信をもっておススメします。

夜の8時前。
ドイツの夜はまだ明るい。



ほろ酔い加減の私は、マイン川の心地よい風に吹かれながらホテルまでの道を歩いていった。
(「ドイツ・ゲーテ紀行」おわり)









2013年9月1日日曜日

バイエルン美術紀行(予告編)

おととい(8月30日(金))の夜は三菱一号館美術館で開催中の「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」を見て、きのう(8月31日(土))は日帰りで京都に行き、京都迎賓館の一般参観に参加して、と相変わらずあわただしい日々が続いています。
そんなこともあって、「ドイツ・ゲーテ紀行」の更新が進まないのですが、あと2回ぐらいで終わりというところで、次のドイツ行きの日が近づいてきてしまいました。

今回は9月4日(水)から9月9日(月)までの日程でミュンヘンに行ってきます。
ミュンヘンに4連泊して美術館めぐりをしようというのが大きな目的ですが、もちろん街歩きも楽しんで、のどが乾いたらビールを飲むというのも大きなウェートを占めいています。
それから、デューラーの生まれ故郷ニュルンベルクにも日帰りで行くつもりです。

それにしてもミュンヘンには、バイエルン王国を支配したヴィッテルスバッハ家が蒐集した芸術作品が並ぶアルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、レジデンツ(宮殿)、ニンフェンブルク城、さらには市立レーンバッハギャラリー、と数えただけでもこれだけの美術館・博物館があって、限られた日数の中で回れるか今から不安です。

旅行から帰ってきたら、まず「ドイツ・ゲーテ紀行」を完成させて、次に「バイエルン美術紀行」を連載ていきますので、どうか引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。

さて、先週の金曜日の夜に行った「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」ですが、あらためて「川崎・砂子の里資料館」の館長・斎藤文夫さんの浮世絵コレクションのものすごさに驚いてしまいました。
なにしろ浮世絵の誕生から爛熟に至る全貌を500点を超える作品で紹介しようという壮大な企画で、現在開催中の第3期だけでも150点以上の作品が展示されているのです。
会期は9月8日(日)までです。あと1週間しかありません。必見です。

今回の私のお気に入りは歌川国芳で、「横浜本町之図」(上)と「東都三ッ股の図」(下)の絵はがきをおみやげに買いました。

 

無類の猫好きの国芳の猫の絵は今までも楽しませて(笑わせて)もらいましたが、晩年は横浜絵を精力的に描いていて、この「横浜本町之図」が絶筆と知り、横浜生まれ横浜育ちの私としては、よけいに親近感を覚えるようになりました。
「東都三ッ股の図」は、隅田川の向こうに見える井戸掘り用のやぐらが描かれているので、「国芳はスカイツリーの出現を予言していた!」と話題になった作品です。

実は、この「珠玉の斎藤コレクション」、第1期と第2期は行く時間がとれなかったので、9月9日から再開する「川崎・砂子の里資料館」にはこれからも足繁く通って、今回見ることができなかった作品を追いかけていきたいと考えています。
10月1日には京急川崎駅近くに「東海道かわさき宿交流館」がオープンして、27日まで特別企画展「広重東海道五拾三次」が開催されるので、「川崎に浮世絵大集合!」といった感があります。
さていつ行こうか、と今からわくわくしています。